「T」は日本で郵便マークとして通用されている。
「〒」日本で、郵便料不足の記号としても使用されている。
「〒」は日本以外の国でも郵便マークとして使われている。
「T」は世界のいろいろな国で、郵便料不足の記号として使用されている。
第1题:
言葉は時代に伴って進化する。ほかの言語と同様に今まで日本語もずっと変化し続けてきたが、現在は特に猛烈なスピードで変化しているようだ。 その原因のひとつとして考えられるのは、いわゆるITに関係すること、つまりパソコンや携帯電話などである。以前は専門家にしか分からなかったコンピューター用語も、今では一般の会話の中に当然のように出てくるようになった。(ア)、携帯電話やパソコンのメール、掲示板などの書き込み(跟帖)から次々と新しい言葉が生まれている。()や()のような顔文字も入り、そこでの会話はまるで宇宙人がしゃべっているように思えるくらいである。 これまで多くの言葉が生まれたり消えたりしていき、残る言葉の数は限られているので、このような事態も特に驚くことではないという学者もいる。しかし、これほど新しい言葉や表現が増えると大半が消えていったとしても、かなりの数の新しい言葉が残るのではないだろうか。50年後の日本語は今とはまったく別の言葉になっているのかもしれない。というのは言い過ぎだろうか。50年後の日本語の変化についての予測にあっているものはどれか()。
第2题:
わたしの知っている寿司屋の若い主人は,亡くなったかれの父親を今になっても尊敬している。死んだ肉親のことは多くの場合,美化されるのが普通だから,かれの父親の追憶もそれではないかと思っていたが,そのうち考えが変わってきた。 高校を出た時からかれは父親に寿司の握り方――寿司屋になるすべてを習った。父親はかれのご飯の炊き方が下手だとそれをひっくり返す(掀翻,倒掉)くらい厳しかったが,何といっても腕(本领)に差があるから文句は言えない。だが,ある日我慢できず「なぜぼくだけに辛く当たる(发火)んだ」と聞くと,「おれの子どもだから辛く当たるんだ」と言い返されたという。 父親が死んだ後,店を継いでみると,その辛く当たられた技術が役に立ち,なるほど,なるほどとかれはわかったそうである。 わたしはこの若主人の話を聞くたびに羨ましいと心の底から思う。そこには我々がある意味で理想とする父親と子どもの関係があるからである。 子どもはそのとき,技術だけではなく父親の生き方も学んでいく。自分の作る寿司に妥協しない父親,飯の炊き方ひとつにも誠意を持ってやる父親の生き方を技術と同時に習っていく。それが本来父親というものだ。文中に「なるほど,なるほどとかれはわかった」とあるが,わかったことはどれか()。
第3题:
筆者の行くレストランでは割り箸の用意はなかったが、気楽に食事を楽しめた。
食生活に示される箸の特性には、どんな食物にも対応できる優れたものがある。
和服姿や純日本建築が珍しくなるとともに、箸を備えた家庭はとても少なくなった。
筆者は気持ちが塞いしている時でも、箸の持ち方や箸運びはしっかりしている。
第4题:
標準語を大阪の子供に強いるのは愚かなことだ。
関東弁よりは大阪弁を標準語とするほうがよい。
大阪弁は標準語よりも、新鮮さ・面白さで勝っている。
一般的に大阪弁は標準語より心の動きを述べるのにふさわしい。
第5题:
日本は、平野や山岳地帯に都を作ることができなかった。
日本の都は、盆地に作られることがとても多かった。
盆地は、防衛に役立つとはあまり言えない。
フィレンツェと京都の地形はよく似ている。
第6题:
竹富島の暮らしは文化的である。
竹富島は清潔感に欠けている。
近代都市は不健康な人が多い。
近代都市に犬や猫は見られない。
第7题:
「少年老い易く学成り難し」という忠告を若い頃にたまに聞かされた。
人間の一生は、普通もって生まれた才能によって幸か不幸を決められる。
若気のあやまちは、半ば後悔半ば誇らしい気持ちで回想されるものである。
青春時代に自分の力量の養いになるものを取り入れないものは一人もいない。
第8题:
彼女はこれからも喫煙者に嫌がられるに違いない。
彼女はこれからも喫煙者を嫌がるに違いない。
喫煙者はこれからも彼女を嫌がるに違いない。
彼女はこれからも禁煙者に嫌がられるに違いない。
第9题:
英語などでは兄と弟のように年の上下で言い分けるのに、日本語では兄弟を男女の性によって分けている。
日本語ではいつも「僕は君より三つ兄きだ」などのように兄弟を二手に分けている。
自分を基準にすえて兄弟を上下にふるい分けることは、日本人の自己中心という視点からである。
姉も妹も含まれるのに「兄弟」で呼ぶのは男女差別もはなはだしい表現である。
第10题:
節制しても、節制しなくても長生きできない。
節制しても長生きできないが、節制しなければ早く死ぬ。
節制すれば長生きできるが、節制しなければ長生きできない。
節制している人は早く死ぬのに、節制していない人は元気でいる
第11题:
第12题:
学校で成績がよかった人は、大人になっても立派になる。
学校で成績が悪かった人は、その後の人生もうまくいかない。
成功するかどうかは学校の成績によって決まる。
社会に出たら学校の成績などはほとんど関係ない。
第13题:
わたしの知っている寿司屋の若い主人は,亡くなったかれの父親を今になっても尊敬している。死んだ肉親のことは多くの場合,美化されるのが普通だから,かれの父親の追憶もそれではないかと思っていたが,そのうち考えが変わってきた。 高校を出た時からかれは父親に寿司の握り方――寿司屋になるすべてを習った。父親はかれのご飯の炊き方が下手だとそれをひっくり返す(掀翻,倒掉)くらい厳しかったが,何といっても腕(本领)に差があるから文句は言えない。だが,ある日我慢できず「なぜぼくだけに辛く当たる(发火)んだ」と聞くと,「おれの子どもだから辛く当たるんだ」と言い返されたという。 父親が死んだ後,店を継いでみると,その辛く当たられた技術が役に立ち,なるほど,なるほどとかれはわかったそうである。 わたしはこの若主人の話を聞くたびに羨ましいと心の底から思う。そこには我々がある意味で理想とする父親と子どもの関係があるからである。 子どもはそのとき,技術だけではなく父親の生き方も学んでいく。自分の作る寿司に妥協しない父親,飯の炊き方ひとつにも誠意を持ってやる父親の生き方を技術と同時に習っていく。それが本来父親というものだ。文中の「そのうち考えが変わってきた」人はだれか()。
第14题:
芭蕉にとって、作品が記録され後世に伝わる俳諧の歴史は、連句の創作現場にこそ求められた。
芭蕉にとって連句とは、その場に居合わせなかった者にとっては反故同然なものである。
芭蕉にとって連句とは連衆によって形成された「場」において成立するものである。
芭蕉にとって連句とは「場」において永遠の相貌を一瞬かいま見る創作行為である。
第15题:
街道の子供たちも少女も馭者の勘三を恐れているが、よくそのきれいな馬車に引き付けられている。
少女は馬車の後ろにぶら下がっている街道の子供たちと違い、港まで行くために馬車を追いかけている。
馬車にぶら下がっていた少女が馭者に乗せてもらったので、馭者に勝ったと思ってうれしくてたまらなかった。
馬を愛しいる勘三は、坂道へさしかかるたびに馬車の後ろにぶら下がっている子供がいるかどうかを確かめるようにしている。
第16题:
アルバイトやフリーターが減って、正社員が増えた。
日本では今まで一生同じ会社に勤める人が少なかった。
年功序列、終身雇用の制度をどの職場も完全に守っている。
安定していた日本の企業もこれからは変化するかもしれない。
第17题:
この文章は学問と関係のある数字を—切使用していないから
この文章はもう訂正を加える意味がないほど古くなったから
この文章は既に変化した数字に基づいた訂正が行われたから
この文章はその啓蒙の意味が今でも全く変わっていないから
第18题:
食べる人は料理の素材はどれだけ重要なのか分かっていないからだ。
どんなに工夫して作っても、料理人の腕についてはほめてもらえないからだ。
料理人の腕はいつもお客さんに疑われるからだ。
せっかく作った料理は、おいしく食べてもらえないからだ。
第19题:
理科教育は数値から学問の深化と協力を理解する力を持たせることができないから、考えなおす必要がある。
理科年表は書かれた内容の意味や数値の根拠がはっきりしないと、その正確さが疑われてしまう危険がある。
学問的に正確な知識が普及しても、人々がそれを間違って受け取り、対象の本質などを誤解する危険がある。
30年前に書かれた文章の中の数字に問題がある場合、既に手遅れであってもすぐに訂正を加える必要がある。
第20题:
文句を言ったら叱られるから
寿司の握り方を教えてもらえないから
何も教えてもらえないから
必要以上に厳しく叱られるから
第21题:
父親は子どもと同じ仕事をすべきだ。
父親は子どもに厳しくすべきではない。
父親は子どもに技術を伝えるべきではない。
父親は子どもに技術と生き方を伝えるべきだ。
第22题:
森の中の森の文化を知ってもらいたいから
森の中で、森遊びをさせたいから
子どもの本来の野生の力を出すようにしたいから
虫や魚など命あるものと遊びをさせたいから
第23题: